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アートサロン<Regarder la peinture autrement :違った視点で絵画を楽しむ>講座ご報告(2014年6月7日)

2014年6月13日 金曜日

 

今回のアートサロンはIBSインターカルチャーの教室で、開かれました。講師はグラフィックデザイナーのダニエル。大学講義のように美術史Art salon 2014.06.07などの知識を学ぶのではなく、絵の前に立ってどのように絵を見るか、どんなところに注目したらその絵がもっとおもしろいものになるかを、絵画の中に入りこんでじっくり見ようというのが、ダニエルのサロンの趣旨です。たくさんの驚きと発見がありました。その中のいくつかをご報告いたします。

ダニエルがパリの美術学校の学生だったときは、たった一枚の絵画をなんと3か月もかけてじっくり勉強したそうです。ところが今日はわずか2時間少々の間に30点ほどの作品を見ることに!

絵画を楽しむための7つの視点とは:

1)Anatomie :(解剖学という意味ですが、ここでは「体つき」)

有名なダビデ像も作り手によってとても同一人物とは思えないような表現解釈があるものですね。ミケランジェロの作品は、筋肉質の雄々しい若者像ですが、帽子のような兜をかぶった「草食系男子」風ダビデ像(ドナテッロ作)もあります。

2)Physionomie : (顔つき)

肖像画の人物の描き方は画家によって様々ですが、その人物の内面を描写しようとしているところは共通しています。
ダヴィンチの「モナリザ」と同じく彼の作品「ジネヴラ・デ・ベンチ」を比べてみます。肖像画の人物は基本的に笑ったりしないものだそうです。ところがモナリザは微笑んでいます。しかも眉毛が抜かれています。当時このような様子の女性は娼婦によく見られたそうで、そのようなことから注文主に受け取られることなく、生涯ダヴィンチの手元に残ったという説。「ジネヴラ」のような肖像画が一般的であったとしたら確かに当時としては異様な肖像画だったのかもしれません。

ジネヴラ・デ・ベンチの肖像 1476-1478 ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)所蔵 

ジネヴラ・デ・ベンチの肖像 1476-1478
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート
(ワシントン)所蔵

モナリザ 1503-15191 パリ ルーブル美術館所蔵

モナリザ 1503-1519
パリ ルーブル美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3)Espace :(空間)

絵画の中でとても重要な要素。風景画でも静物画でも空間が描かれます。物と物の間に作られる空間。遠近法によって作られる幾何学的な空間。通常肖像画の人物と鑑賞者の間の境界線のように描かれているparapet(欄干)をあえて人物の背後に描いたのが、「モナリザ」。モナリザと鑑賞者の間を隔てるものが取り払われ、モナリザはぐっと私達の側へ近づいてきます。

4) Texture :(テクスチャー)

絵画の中の金属、木などの材質をどのように描いているか。例えばフェルメール(Vermeer:フランス語ではヴェルメールと発音)の有名な「牛乳を注ぐ女」のパンを至近距離でよ~く見ると、無数の細かい点で描かれているのがわかります。印象派以前にすでに彼はこの技法を駆使しています。

5) Lumière : (光)

舞台のスポットライトと同じように絵画の中で際立たせたいものに光をあてる。影を使うことで光はよりドラマティックに対象を照らします。ルノワールの「Le Moulin de la Galette(ムーラン・ド・ガレット)」では、木漏れ日が光と影の斑点となって人々を照らしています。この光の斑点を描くことで実際に描かれていない木々の存在を鑑賞者に察知させます。これを hors  champ(オールシャン)と言います。

6)Temps :(時間)

一枚の絵の中に時間の流れを描きこんでいるのはティツィアーノの「ディアナとアクタイオン」。

狩猟の女神、ディアナがニンフたちと水浴びをしているところに、突然若い狩人アクタイオンが現れて、ディアナたちはパニックに。そして彼女の怒りに触れたアクティオンは鹿に変えられてしまうという神話を描いたもの。真っ先に気が付いたディアナ、左に並ぶニンフたちの事態の気づきの時間差が描かれ、さらに絵の上部には狩人が変えられてしまう鹿の頭部も描かれています。

7) Narration :(ナレーション)

絵の中で画家は何を語ろうとしているのか。歴史的な絵画であれば、その場面から全体のストーリーに思いをはせることができます。しかしまた、フェルメールの「絵画芸術(画家のアトリエ)」にいたっては、そのミステリアスな情景を読み解くことは容易ではありません。寓意を多く描いた画家だそうですから、きっとそれぞれに意味があることでしょう。画家のアトリエにしては豪華な大理石の床やシャンデリア、そのシャンデリアにはろうそくが一本も立てられていません。モデルの女性の持つ長いトランペットは、どうみても画家が製作中のキャンバスにはおさまりきらないサイズです。画面手前に描かれた厚くどっしりとしたカーテンは、まるで鑑賞者と画家のアトリエとの境界線のように見えます。このようにまさに「絵解き」のような楽しみ方もあるのですね。

絵画芸術 1666 美術史美術館 (ウィーン)所蔵

絵画芸術 1666
美術史美術館(ウィーン)所蔵

 

以上、ダニエルのプレゼンのほんの一部をご紹介いたしました。正統な技法で写実的に描かれていると思っていた絵が、実はどこかでデフォルメされている、という例をたくさん教えられました。
例えば、アングルの「オダリスク」。美しい背中が印象的ですが、確かにその長さは尋常ではありません。組んだ向こう側の足の位置も無理があります。ちらっと見える乳房もあり得ない位置に描かれています。メレンデスの「メロンと洋梨のある静物」も緻密な筆致で息をのむような美しさですが、テーブルに映し出された洋梨の黒い影は決して周りの他の物体と交わりません。まるで本物そっくりに描かれていると思う鑑賞者は、細かなところで実は裏切られているようです。美しさを追求するために現実をデフォルメして描く画家たち。しかしまた限りなく写真のように現実に忠実に風景を切り取るPhotorealismのRalph Goings(ラルフ・ゴーイングズ)の作品も衝撃的です。電灯の下のドーナッツの載った皿の影は、4層のグラデーションで描かれています。その観察眼とデッサン力、色使いといったあらゆる技を駆使して、写真の無機質な画像と寸分たがわない作品を作り出しています。写真だと思って眺めたものが実は油絵だとは…。絵画の前でこのようにだまされながら、またそれを楽しむのが絵画鑑賞なのかもしれません。

 

※Daniel Pizzoliは今回のプレゼンのために、メソッドについてはHector Obalk(芸術評論家)の作品を、歴史についてはDaniel Arasse(美術史家)の作品を参考にしています。

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